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おいしいモノたち
クリスマスらしいクリスマスはとっても楽しかった!
じゃけのケーキもパンも本当に本当に激ウマで、一晩中楽しくてなんだかずっと笑いながら酔っぱらっていたような。。

ちなみに深夜まで大貧民(物まね&カミングアウト×ゲームつき)は沖縄でもやったのよ。相変わらず川島さんはヘタレだったよ。そして二人は毎日毎日泡盛三昧だったよ。
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by iam_nanae | 2004-12-30 22:14 | foods
今日の抜粋 オスの上限
オスの上限 神崎 京介著(野性時代1月号より)

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これはふたりが互いを知り合うことにつながる痴話喧嘩ではない。自分だけが傷ついているという思い込みが、相手を傷つけることで得られる空しい優越感を求めているのだ。

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男女間(ときには同性同士)の喧嘩って、やっぱりとても苦しいし、切ないし、辛いし、うやむやに解決することが簡単で、本当に解決することは難しい。と思っています。なんか、この文章を読んで、やっぱり思い込みや誤解というものがほとんどの喧嘩の原因であるのだなあと。あらためて思います。
優しくされたいくせに優しくできない自分勝手さのようなものが自分の中でどんどん膨らんでいくのを、どうにかして止める自制心が必要。まあつまりは優しい心を常に持ち続けよう!なんて思います。

クリスマスイブに何言ってんだか。
あ。別に夫婦喧嘩しているわけではないのですけど。
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by iam_nanae | 2004-12-24 20:38 | books
問題な日本語
最近よくある日本語の使い方本で、「問題な日本語」というのを読みました。
いろいろ面白かったのですが、その中で。。

「おざなり」と「なおざり」の違い、みなさん知っていました?
正しい使い方は
おざなり:「おざなりな謝罪の言葉」
なおざり:「災害対策がなおざりにされた」
というように、「おざなり」は“いい加減ではあるが一応物事をする”
「なおざり」は“無視してほうっておく”という意味の違いがあり、
全く別の意味になるのですと。
わたしはどちらかが間違っているものだとばかり思っていました。

ふむふむ。
この本は解説内容よりも、ちょこちょこっと書かれた文章が面白くて
たとえば、
「あいつ、きもい」「っていうか、きしょい」「つーか、うざい」・・・君らの日本語がうざいんです・・・
なんで茶を飲むのに「湯飲み」なのか!なんで飯を食うのに「茶碗」なのか!・・・
この本読みたいな〜みたいな〜?
なにげに、はなげ。
「いただいてください」って貰ったんだかあげたんだか、もち上げられたんだか落とされたんだか・・・
「私って朝弱いじゃないですか〜」・・んなこと知るか!と憤る・・・

みんなが使い始めると、一般的な日本語として認められてきたり、新聞だけで使われる漢字の書き方があったり、はっきりと正しい、正しくないと分けきれないところが、日本語を難しくさせているなあと感じさせる本でした。

ってゆーか、私的には、日本語ってちょーむずい!みたいな〜。
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by iam_nanae | 2004-12-24 14:12 | books
今日の抜粋 阿修羅ガール
阿修羅ガール 舞城王太郎著 より

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私はうつぶせて枕の上にほっぺを置いて左手でニチニチニチニチボタンを押してメールを書く。

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しつこいようだが舞城王太郎です。
ニチニチニチニチって。そう言われてみるとメール打ってる音ってそんな感じ?
あと、九十九十九では
子供たちがガチャガチャ笑って、ダカダカ走ると表現しています。
うんうん。そうそう。子供っておもちゃみたいなところあるから、当たってる。
人間観察力と表現力が妙に面白い。

阿修羅ガールの感想がニチニチニチニチだけだと悪いと思うのですが、
“等身大の中学生の感覚と思想!”なんて言葉では間違っても表現できない
そらおそろしさがありました。というくらいしか書けません。
煙〜も九十九も阿修羅も話の中で少し繋がっているのですが、
それらが繋がっている世界が、今私たちが暮らしているこの世界と同じものであるとは、あまり認めたくないです。0.5次元分くらいちょっとゆがんだところに生活をする人々だと思いたいです。
この本では私は、「寛大」と「誠実」と「正義」をひとつにしたような陽治くんに救われました。
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by iam_nanae | 2004-12-17 16:00 | books
今日の抜粋 煙か土か食い物
煙か土か食い物 舞城王太郎著 より

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「生きていても虚しいわ。どんない偉いもんになってもどんなにたくさんお金儲けても、人間死んだら煙か土か食い物や。火に焼かれて煙になるか、地に埋められて土んなるか、下手したらケモノに食べられてしまうんやで。」

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それもそうだね。
それなら私は煙になりたいなあ。

舞城王太郎のデビュー作とされている本ですが、九十九十九よりは読み手にとって易しく書かれています。でもゴーゴーゴー!ムーブムーブムーブ!という疾走感が常にあり、意図した時でないとなかなか段落を使わない手法により、その疾走感はさらに増幅されます。
でもって舞城王太郎の特徴なのかもしれないけど、話し言葉がとても身近な感じがします。
男性作家の書く女性言葉は「〜のよ」とか「だわ」とか「かしら」とか結構用いられて(まあ女性作家もそう書く場合もあるけど)実際、女である私が話す時には「〜のよ」はたまに使っても「だわ」とか「かしら」はほっとんど使いません。
みんなそうじゃない?
本を読んでて、いつもそこが不自然だなあと思いつつ慣れてしまっていたのですが
舞城王太郎は、どんなに清楚で美しくて女性らしいキャラを描くときでも、ものすごく自然な話し言葉を使います。時にあらあらしく、時に弱々しく、乱暴だったり、素直だったり。それがとても好感が持てます。
で、驚いたのが舞城王太郎って1973年生まれなんですね。というか納得したというか。。うーん。
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by iam_nanae | 2004-12-16 12:09 | books
今日の抜粋 「カディスの赤い星」
カディスの赤い星 逢坂 剛著 より

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「これは何?」
「つまらん肖像画です。聖徳太子の。百枚入っているはずですが、なんでしたら数えてみてください」
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「ごめんね。あなただけよくしようと思ったのに、だめだったわ。わたしって敏感なのかしら」
「敏感というのは、もう少し感度が鈍いことを言うんだ」

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前者は、企業側が消費者同盟に対して口止め料を渡すときに、主人公がさりげなさを装うために発したセリフ。
後者は、主人公が心の底から愛している恋人との会話。
こんな感じで5分に一回くらい、キザっぽいセリフがでてきます。
文中では恋人に“適当にしゃれのめす”という言われ方をしています。
頭の良さをひけらかして、口の減らないヤツ。と嫌みを言われたりします。

本の内容は、フラメンコギターと天才フラメンコギタリストを追っているうちに、スペイン総統暗殺計画に巻き込まれるという国際冒険小説なのですが、
堅いストーリーにウィットな味付けをしているのが、この主人公のユーモアで、
仕事上の取引先との駆け引きにも、女性との駆け引きにも、自分を本気で殺そうとしている殺人鬼との駆け引きにも、ユーモアを忘れない、本当に口の減らないヤツです。
とても面白かったです。
ちなみに、1989年だから結構前の本ですが、直木賞と日本推理作家協会賞と、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞したそうです。

逢坂 剛自身フラメンコギターの奏者で、幾度も渡西した経験があり、アウレリオセジェスというフラメンコの歌い手の住むカディスという街を訪れた経験から、小説が生まれたようです。登場人物もおそらくそれぞれモデルがいるのだと思います。
フラメンコのステップと狂ったようなギターの音色と観客の熱気に包まれながら
読み続けました。
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by iam_nanae | 2004-12-14 12:29 | books
今日の抜粋(九十九十九その2)
九十九十九 舞城王太郎著 より

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「お兄ちゃん、ちょっとそれ貸して」
そう言ってツトムは僕の手から日本刀を奪い、躊躇う様子もなく、上田優子の胸元に切っ先を当てて、刺し込み、それからまっすぐお腹を切る。ブリメント、という音がして上田優子の大きなお腹が口を開ける。

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ブリメント。
なんだかヨーロッパの思想家か芸術家の名前みたい。それか、
「ブリメンタルスタイルのこのホテルは、季節を問わず太陽を求める観光客で一杯です」「ブリメント法を用いて証明される数式によって、人々の未来はかくも明るく照らされたのだ」「あらあ、奥さまお久しぶり。お茶でもいかが?駅前のブリメント、新装開店しましたのよ」なんて。
ブリメントも、まさか日本刀でお腹を切られ、傷口が開くその瞬間の表現に用いられるとは思わなかっただろうなあ。と
ソファでうとうとしながら考えた。
そして九十九十九の奇っ怪で不思議な世界へと、私の頭はまたさまよい始めた。

九十九十九を読み終わったけど、なんか凄すぎて感想が書けない。
でも奥田英朗の本をたくさん貸してくれたgogoくんには絶対に読んでもらおう。
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by iam_nanae | 2004-12-10 22:47 | books
今日の抜粋
九十九十九 舞城王太郎著 より

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産道を通って子宮から外に出てきた僕が感動のあまり「ほうな〜♪」と唄うと僕を抱えていた看護婦と医者が失神して、僕はへその緒一本でベッドの橋から宙づりになった。それからしばらく母親も皆も失神したままで、僕は三十分ほどそこでそうしてブラブラと揺れていたので、僕にとって最初の世界は上も下も右も左も何もなかった。そこにあったのは僕の歌声だけだった。

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じょうじさんに勧められて読んでいる、舞城王太郎の「九十九十九(つくもじゅうく)」の最初の一節です。
出だしでこれです。私は胸ぐらを掴まれっぱなしで夢中で読んでいます。
この異常な誕生の仕方をしたのは、主人公の九十九十九で、
その後探偵になるのですが、どこまでが(著者の)本気なのかまだわかりません。
笑ったり真剣になったり「ほうっ」とうなったり、読むほうも大変です。
今後も抜粋は続くかもしれないけどとりあえず。
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by iam_nanae | 2004-12-09 15:13 | books
そりゃないって
やきそばパンマンの妹が
やきそばかすちゃんだって。
みなさん知ってました?
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by iam_nanae | 2004-12-08 19:52
感ジタ言葉
雨宮処凛 (あめみやかりん)野性時代12月号より抜粋 テーマ「幸福論」

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イラクという世界の果てに行ってわかったこと。

それは、戦場の幸福論はごくシンプルだということ。

生き延びることが当たり前に幸福と直結するということ。

だけど、
彼らから見たら羨ましくてしょうがないだろう「平和」な国の幸福論は複雑すぎて、
また今日も死ななくていい人たちを救えないでいる。

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「平和」な国の幸福論は複雑すぎて、
また今日も死ななくていい人たちを救えないでいる。

というところに感動しました。

小学生くらいの頃だったか、
朝起きるのも辛いし、学校も嫌だし、引越が多かったので本当の友達も少ないし
「人間ってなんで生きなきゃいけないのか?」と
人生最初の哲学的な悩みを持ったことがあって、
私は、子供ながらに随分考えた末「それは幸せを感じるためなのだ!」と
結論をだしたことがありました。
それは、今思えばカントの「幸福論」にも通じるところであって
まあ、当たり前のことなんだけど、
小学生の私は、すさまじい「思考」の末に見つかった「答え」に対して
心の底から感動し、「これで生きていける」と安堵もしたのです。
そんな純粋な「幸福」が、生まれた場所、環境によってものすごく変わってしまうことに、大人になった今、あらためて思い知らされたと感じた文章でした。
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by iam_nanae | 2004-12-06 17:15 | books



感ジルコトを気ままに綴ります
by iam_nanae
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